トムサンポンさんの場合

私は40歳で失明しました。そして、今は74歳です。

一口に言って、失明は辛い、恐ろしい、悲しい、難儀も難儀、地獄のようだともいえます。

幼い頃から目は正常で人よりよく見えていたのか、遠くのもの、小さな物など、今目をつむると脳裏に浮かぶほど印象深く、遠い山の 緑、住み切った青空、広大な海に遠く浮かんだ白い船など思い浮かべながら追憶にふけることがあります。

治療代金のつり銭に千円札の中に一万円札をまちがえてい れ、大損をしたり、こちらは電気がついても消えていてもわからないので真っ暗な中 で点字をぶつぶつ打っていると小さな孫が「おじいちゃん、真っ暗な中で何してるの?怖いやろ!電気つけてあげようか」と泣き出したり、いつも使う大事なものを見失い、そ こらあたり、探しまわってやっと手に触れたときなんと目の前にあったのがわからず 、大変苦労したことなど嫌なこと悲しいこと数えきれません。

 今だから言えますが、見えていたらなんの失敗もないのに電車とホームの間に足を突っ込んで嫌な思いをしたり、何よりも、文字には一番苦労したと思います。

40歳まで読み書きしてきた普通の文字が使えなくなり、点字を習うことになり、そ れも、苦労してやっとやっと書けるようになりました。しかし、指先で読む ことはとても難しく、自分で打った点字の意味が読み取れず、大変な苦労をしました。

点字のパターンはほんの数か月で理解出来ました。石川倉次の考案した点字は、母音と子音の組み合わせで構成されていることを悟り、アイウエオカキクケコなどは覚えること はできたが、それを、読むことが出来ない。  どれくらいの日数が経過したか、相当な期間を費やし、やっとやっと、点字の 羅列が文章として理解できるようになりました。

職業教育を受けるため、大阪府立盲学校へ入ったのですが、解剖学・生理学などを理解するためには点字が必要です。どうにか、点字を書くことが出来るようになっていたのが、幸いでした。

最初は、先生が話されることを懸命に書きとめることに専念しました。しかし、書き留めた内容を読むことが出来ません。先生は読むことができなくても、総て書きとめておきなさいとおっしゃったので、とにかく懸命にメモしました。

人に話せないような苦労の末、学習を終え、免許を取得し、業について20年 ほど経過してから、治療のカルテや一重の手紙など、やっと読み書きが可能となり、 指圧マッサージ業で生計を立てられるようになりました。

そのころ、日本ライトハウス盲人情報文化センターの「読書」という機関誌に、徳島の米原清司先生が漢点字のことを紹介されていたのを読み漢点字の勉強を始めました。

米原先生は、漢点字を勉強している人たちの情報交換のために、「声の漢点字情報」というテープ雑誌を発行してらっしゃいます。

「声の漢点字情報」の購読と同時に、日本漢点字協会の故川上泰一先生から漢点字の通信教育を受けることにしました。 米原先生のお勧めで、考案者の川上泰一先生から85回の書き取りの添削を受けるのが良いと教えられたからです。

 それからの私は、送られてくる「漢点字解説」テキストの書き取り問題に夢中になりました。

漢字は3000年前に中国で生まれ、長い歴史と共に伝来し、現在に至っているものなのですが、盲人の間には全く漢字が採り入れられていませんでした。

川上泰一先生が、点字で漢字を書き表すための「漢点字」を創案されたことはとても素晴らしいことだと思います。

 もともと象形文字である漢字を点字で表すのは大変なコトで、やっと、普通 の点字が読み書きできるようになったばかりの私には大変な難作業でした。しかし、昔目にしていた漢字が頭の中に蘇るのが嬉しく、暫し晴眼の世界に戻り得 た喜びを漢字、ああこんな字はこう書くのだった、と黒板に大きく書かれた漢字の 形が思い出され、山、川、天、人、などなどを思い出すと、有りがたく嬉し涙が見え ぬ目からこぼれ落ちました。

 これだこれだ、これを懸命に学習しようと、治療の仕事はおろそかにはしませんで したが、手が空くと「漢点字解説」に取り組み、それこそ寝食を忘れ、無我夢中で85回の書き取り問題を終了することが出来ました。

常用漢字の学習に要した期間は約一年ほどでした。終了したとき川上泰一先生から「よくやった」とお褒めを頂き、「これから先は漢点字の本をよく読むことです」と言われました。

その漢点字の触読がまた難渋をきわめ、一字二字を読むのにとても時間がかかります。目で見て読んでいたときとはうってかわり、なかなか先へは進みません。40歳からの 点字使用者ですから、これは、しかたがないのですが。

パソコンで漢点字を直接入力する技はとても威力があります。変換なしで一発で目的の漢字が出せるのです。これは大きな収穫です。横で見ている晴眼者たちから「これは凄い!魔法のようだ」と驚きの声を上げられるのは嬉しいことで、してやったり・ 艱難辛苦かんなんしんく して漢点字を覚えてよかったと満足感を味わっています。

この貴重な漢点字を世に普及したい、それが私の実感です。


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